平成24年11月19日
岩手大学工学部 新貝鉚蔵
2012年11月19日(月)9時に実体顕微鏡6台と線虫を積んで5名が岩手大学を車で出発。ひる頃に仙台第一高等学校(以下、仙台一高)に到着した。校庭でラグビーの練習をしているのが目に入り、元気で良いなあというのが第一印象。駐車スペースをやっと見つけると、小松原幸弘先生が出てこられて、初対面の挨拶をした。メールでやり取りした印象通りの気さくな先生でした。アシスタントの人達は実験準備を開始し、私はまずは校長先生に挨拶をさせていただいた。加藤順一校長は背が高く立派な体格の方である。「いろいろな方向に進む生徒達なので、広くいろいろな分野の講義を聴く機会を持ってもらいたいと考えている」という意味の事を言われた。一般に高校のカリキュラムはきっちりと計画されているので、我々のような飛び入りの講義実習は、生物の先生と校長のご理解がなければ中々許可していただけない。謝意を述べて、理科の職員室に移って、お茶を頂きながら小松原先生としばし雑談をした。先生は今年度から仙台一高に来られたが、前任校で夏休みに生徒数名と共に英国の研究室を訪問して向こうの高校生と共同実験をするプロジェクトに採用されて研究を行った話をされた。日本の高校生は良く働き良い実験結果を出したが、まとめと討論の英語表現の所で負けて成果を取られてしまうのが残念だったという話をされた。同様な話は良く聞きますね。ビターが旨かった、これも同意、パブとビターは私にも良い思い出です。仙台一高は以前は男子高校でしたが3年前に男女共学になったとのことです。
13時40分に講義を開始。受講した生徒さんは2年生37名。与えられた時間は2時間なので20分で講義を済ませて実験に移った。研究員の一條 宏君が実験上の手順と注意を上手に説明した。こういう事に向いている様です。今回は、①線虫の高浸透圧忌避と②塩と飢餓の連合記憶の2つの実習を用意した。時間が限られるために両者を並行して開始した。生徒さんが眼を輝かせたり喜んでいる様子を見るのは嬉しい。日頃学生・院生から元気をもらっていますが、高校生はもう一つ若く純真(当たり前ですが)、笑顔が輝いている。心身ともに健康な若者たちという印象です。制限時間までに実験は終わらず、アガープレート上の線虫の行動結果を放課後に興味のある人が集計することをお願いして、終了した。また来てください、という温かいお言葉を小松原先生にいただいて帰途についた。
後日、加藤校長から実習中に廊下から覗いてみたが生徒が楽しそうなので中には入らなかった、とのメールを頂いた。小松原先生からは集計するとおおむね目的とした実験結果を得ていたと、数値をメールで知らせていただいた。最後になりますが、昨年度この計画をした時に窓口になっていただいた渡辺知子先生(化学担当)の仲介があって今回の講義実習は実現した。講義開始前にご挨拶を頂いた。感謝いたします。塩と飢餓の連合記憶実習は、以前若林篤光さんが行った実習内容を参考にさせていただいた。また、アシスタントの一條君、阿部さん(技術員)、西野さん(松浦研D1)、高橋君(小栗栖研M2)にも感謝します。
]]>平成24年7月30日から8月3日
実施代表者 東京都医学総合研究所 運動・感覚システム研究分野 参事研究員/齊藤 実
アウトリーチ活動の援助を受けて「ショウジョウバエを用いた学習記憶の研究」という題で7月30日から8月3日にかけて、東京都医学総合研究所の夏のセミナーの基礎・技術コースを開催しました。
コースはショウジョウバエを用いた学習記憶研究に関連した技術の取得を目的としたもので、研究概要の講義と実習を、東京都医学研・運動感覚システム研究分野・学習記憶プロジェクトのスタッフ(宮下知之、上野耕平、松野元美、平野恭敬、長野慎太郎)の協力を得て行いました。参加者は学部4年生から大学の助教まで、将来の研究者の卵と若手研究者を集めてのコースとなりました。
研究の概要の講義では、記憶情報の獲得から長期記憶へと統合・安定化される各過程が、どのように遺伝学的に分類されてきたか、またショウジョウバエでどこまで記憶の分子機構や神経機構が明らかにされてきたかについて、最近の知見も含めた紹介を行いました。また実習で匂い条件付けによる記憶行動の定量的解析とイメージング解析を行いました。行動解析では先ずティーチングマシーンという装置を使った、匂いと電気ショックによる匂い条件付けの初歩的な手技を覚えてもらい、そこで形成される短期記憶や麻酔耐性記憶の変異体を用いた解析を行い、さらに長期記憶を形成するための繰り返し学習を行うロボットの操作などについても学んでもらいました。匂い条件付けでは2種類の匂いを使い、一方はショックと連合させ(危険な匂い)、他方はショック無し(安全な匂い)で呈示します。ショウジョウバエが匂いを覚えることを文献では知っていても、実際に目にするのはかなりのインパクトがあるようで、匂い記憶のテストで殆どのハエが安全な匂いに逃げていくことが驚きのようでした。
一方イメージング解析ではハエの脳を頭から取り出して、匂い呈示の代わりにガラス電極で匂い中枢である触覚葉を刺激し、電気ショックの代わりに体性感覚情報を脳に運ぶ上行性繊維束を刺激した時のキノコ体Ca2+応答を観察しました。さらに二つの部位を同時に刺激すると、その後2時間以上にわたって触覚葉の刺激対するCa2+応答が大きくなる長期伝達亢進(Long-term enhancement)を観察しました。生理の実験はいかに解析試料を傷つけずに作るかがポイントであり、参加者は小さいハエの脳を細いピンセットで実体顕微鏡下に取り出すのに四苦八苦していました。当初取り出された脳は襤褸雑巾のように無残な出来栄えでしたが、いくつも作っていくうちにきれいな、解析に供し得る試料も作れるようになってきました。
最初は慣れない実験で思うような結果が出ませんが、日を重ねるごとに装置の扱いにも慣れ、再現性の高い結果が出るようになりました。5日間のタイトな日程でスケジュール調整も大変でしたが、例年通り参加者は非常に高い興味と熱意をもって取り組んでいました。セミナーの中日には持ち寄りでワインパーティーも行い、酒の勢いもあってか、ざっくばらんな質問や交流もあり、幸いにして参加者にも大変好評なセミナーであったようでした。実習の準備に費やす時間やその間研究室の活動が停止してしまうという現実がありますが、こうした地道な活動から学習記憶の分子機構の研究を志向する研究者が増えてくれればと思います。
イメージングのため実体顕微鏡下で脳をハエの頭から取り出しているところ
(アロハシャツの上野とその後ろ長野が見守っている)
巧く取れるとキノコ体でCa2+プローブGCaMPの蛍光が見られる(上野作)。
]]>*中村加枝1、松崎竜一1、Gustavo Santos2、*中原裕之2(1関西医科大学・生理学第二講座、2理化学研究所・脳科学総合研究センター) *:corresponding authors
Journal of Neuroscience(2012)32(45): 15963-15982
大脳基底核は報酬獲得行動の学習や実行にかかわっていることが知られています。しかし、報酬の情報にも異なった時間スケールの内容があります。例えば、たった今行っている行動の報酬の情報、今行っている課題全体の情報、さきほど行った行動の報酬の情報などです。これらが大脳基底核の中でどのように処理をされているのかを明らかにすることは、大脳皮質―基底核ループの中で情報処理がどのように行われているかを理解するのに重要です。私たちはジュースという報酬を得るために眼球運動課題を行っているサルの、大脳基底核の入力チャンネルである線条体の単一神経細胞の神経活動を記録しました。
その結果、異なる報酬の内容は、異なる細胞により異なる形で並列処理されていることがわかりました。そして、似たタイプの細胞は線条体の背外側、中間、腹内側の異なる領域に集まっていることがわかりました。具体的には、報酬に関する一般的なコンテキストの情報は、一試行の開始時に、背外側線条体の細胞で処理されます。一方、試行ごとの報酬の量の情報は、一試行の終了時に、腹内側線条体の細胞で処理されます。また、以前の試行で得られた報酬の記憶の情報が神経活動に反映されている細胞もあり、これは背外側線条体から中間部分の線条体に多く見られました。
このような異なる情報は単一の細胞で同時に表現されるのではなく異なる細胞に表現されており、並列処理されていることを示唆しました。さらに、細胞の自発発火率や活動電位の時間経過という細胞そのものの性質の違いと報酬の情報の内容との関連があることもわかりました。今後、これらの異なる情報の統合が脳のどの領域でどのように行われているかを調べていく必要があります。
今回明らかになった線条体の背外側、中間、腹内側方向の機能マップはこれまでに報告されてきた皮質・皮質下領域との解剖学的結合や伝達物質の分布とも一致していました。これらの所見は運動系疾患や薬物中毒などの病的状態において、より綿密な治療のターゲットの設定の手掛かりになると考えられます。
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図1 眼球運動課題
サルは中心の注視点から右か左に眼球運動を行い、正しく行うとジュースを得る。
20試行前後からなるブロックごとに、報酬が多い方向がスイッチする。
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図2
左 線条体の各領域
右 線条体の各領域における(1)報酬が多い方向をコードするニューロンの割合(2)得られる報酬の量をコードするニューロンの割合 の時間経過を示す。
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冨田太一郎、小田茂和、武川睦寛、飯野雄一、*斎藤春雄(東京大学・医科学研究所、東京大学・大学院理学系研究科生物化学専攻)*:corresponding author
Science Signaling 5, ra76 (2012)
動物は環境変化を察知して、これにうまく適応する事により生存を維持します。外界の環境の情報は動物の体を構成する細胞の内部にまで伝えられて、そこで機能分子を活性化させることによって、環境変化に適応するための行動制御や生体機能調節が行われます。細胞内の情報伝達(シグナル伝達とよばれます)が正常に働かないと、例えば運動障害や感覚麻痺などの状態になるとわかっていますが、実際に生きた動物体内で生じているシグナル伝達を解析することは非常に難しく、その実態はほとんどわかっていませんでした。
そこで、私たちは代表的な化学反応の一つ「MAPKリン酸化」を可視化する新しい解析技術を開発し、たった一個の細胞からでもその中で生じている反応を顕微鏡下で観察できるようにしました。この技術を生きている線虫(体が透明で観察しやすい)に適用し、環境変化の刺激を与えると、「リン酸化」の化学反応が蛍光色の変化として観察できるようになりました。一般に細胞内シグナル伝達には1万を超える数の分子が非常に複雑な回路をつくっているといわれていますが、複雑な電気回路を解析するときに使われるシステムエンジニアリングの方法と同じ方法を使って、シグナル伝達回路の特性を調べたところ、「リン酸化」の化学反応が生じるためには、環境変化からの刺激が多すぎても少なすぎてもだめで、適切な頻度で繰り返し刺激が来た場合にだけ反応が進むということを見いだしました。コンピュータシミュレーションの結果、「細胞内カルシウム」が情報のフィルターとして機能していて、刺激が多すぎる時や少なすぎる時には「リン酸化」の反応を生じさせないようにしていることを突き止め、これを実験的にも確認することができました。
動物の細胞に備わるシグナル伝達は、その異常が直接的に疾患の原因となり得ます。生物学的にも医学的にも重要な「生きた動物のシグナル伝達」の理解を進める上で、本研究ではシステム工学の手法や蛍光色変化などの物理化学現象を利用しており、学際的に幅広い手法を従来の生物学に組み合わせる事の有効性も示しています。
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図A イメージング実験の模式図。線虫の感覚神経にMAPKリン酸化活性のセンサー(蛍光分子)を発現させて、生きたまま「リン酸化」シグナルを検出する。
図B 環境刺激(ここでは塩濃度変化)を与えると、刺激の頻度によってシグナルの強さが変化した。
刺激頻度が高すぎても低すぎても活性化せず、最適な頻度の場合にリン酸化シグナルは最大となった。図中赤色がシグナルの強い部位を示す。
図C コンピューターシミュレーションの結果。細胞内カルシウム濃度の実測値に基づいてMAPKリン酸化の応答を予測した。刺激頻度が低い場合にはシグナルの蓄積が少ない。また一方で頻度が高すぎるとカルシウムのピーク値が徐々に減少してしまうために、MAPKのシグナルも減少する。シミュレーションによりMAPKリン酸化イメージングで観察された結果を定量的に説明することができた。
Dates : November 27(Tue)-28(Wed), 2012
Venue: Koshiba Hall, Univerisity of Tokyo
(http://www.s.u-tokyo.ac.jp/en/map/map01.html)
Program&Abstracts(プログラム詳細および要旨)←new
Session 1 : 11/27 13:00-18:00
Molecular Ethology and Operating Principles of the Nervous System
Ko Kobayakawa (Osaka Bioscience Institute)
Hiroshi Nishimaru (University of Tsukuba)
Kazuhiro Wada (Hokkaido University)
Takeshi Ishihara (Kyushu University)
Shawn Xu (University of Michigan)
Azusa Kamikouchi (Nagoya University)
Minoru Saitoe (Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science)
Scott Waddell (University of Oxford)
Session 2 :11/28 10:00-12:00
Optogenetics and Neural Imaging
Shin-ichi Higashijima (Okazaki Institute for Integrative Bioscience)
Katsuei Shibuki (Niigata University)
Osamu Nureki (University of Tokyo)
Session 3: 11/28 13:00-17:00
Neural Progenitor and Stem Cells, and Synapse Formation
Yukiko Gotoh (University of Tokyo)
Frederick J. Livesey (The Wellcome Trust/Cancer Research UK Gurdon Institute)
Alessandra Pierani (Institut Jacques Monod)
Kenneth J. Campbell (Cincinnati Children’s Hospital Medical Center)
Masayoshi Mishina (Ritsumeikan University)
【懇談会】
日程:11月27日(火)午後18時〜20時
場所:東京大学山上会館 食堂「御殿」B1
参加費 2000円
※国際シンポジウムの参加申込等は不要ですが、
懇談会参加希望の方は、準備の都合上、事前に事務局宛(mol-etho@biochem.s.u-tokyo.ac.jp)ご所属、ご身分、お名前をご連絡くださいますようご協力お願い致します。
文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究
「神経細胞の多様性と大脳新皮質の構築」代表 山森哲雄 (基礎生物学研究所 教授)
「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」代表 能瀬聡直(東京大学 教授)
「神経系の動作原理を明らかにするためのシステム分子行動学」代表 飯野雄一(東京大学 教授)
問い合わせ先 mol-etho@biochem.s.u-tokyo.ac.jp tel 03-5841-8293
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Alexander R. Trott1 , Nathan C. Donelson1, Leslie C. Griffith1, *江島亜樹2(1ブランダイス大学・生物学科、2京都大学・生命科学系キャリアパス形成ユニット) *:corresponding author
PLoS ONE 7(9): e46025. doi:10.1371/journal.pone.0046025
有性生殖を行う多くの動物にとって配偶者選択は重要な問題です。メスに気に入られるために、オスはあらゆる感覚を駆使して情報収集を行い、アプローチを調整します。
ショウジョウバエでは、嗅覚により相手のフェロモンを識別し、求愛するかどうかを決める事が知られていますが、本研究では、新たに、オスが匂いによって相手メスまでの「距離」を推定して、「逃げて行くメスには音の大きいパルス歌(pulse song)」「近くのメスにはささやきハミングのサイン歌(sine song)」という求愛の歌い分けをしているという事を明らかにしました。嗅覚変異体 Orco2のオスはメスの活動状態に関わらずいつも同じパターンで歌い続け、求愛も失敗してしまいます。
以上の事から、相手メスの性的受容性に応じて求愛歌プロファイルを変化させるというオスの柔軟な求愛アプローチが、メスの最終判断に重要な役割を果たしていると考えられます。
ハエの世界でも「空気の読めないオス」は嫌われてしまうのです。
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図1A:オスの求愛歌プロファイルとメスの活動性を同時記録する実験セットアップ。オスの求愛歌はpulse songとsine songに分けられる。メスの活動性はチャンバー中心線をまたいだ回数をカウントして計測する。
B:野生型系統と嗅覚変異系統Orco2オスの求愛歌プロファイル。全体の歌のうちpulse songの割合を示している。野生型オスはメスの活動性が高い時にはpulse songが多く、活動性の低いときにはsine songを主に歌うようになる。Orco2変異体オスはメスの活動性に関わらず一定の割合の歌を歌っているのが分かる。
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図2:歌の開始と二個体間の距離。pulse songは距離が離れる時に歌われ、sine songは距離が小さくなる時に歌われる。
参考文献:
Trott AR, Donelson NC, Griffith LC, *Ejima A. (2012) Song Choice is Modulated by Female Movement in Drosophila Males. PLoS ONE 7(9): e46025. doi:10.1371/journal.pone.0046025.
安藤 恵子1、宇佐美 篤2、永村 ゆう子1、大倉 正道1、池谷 裕二2、松木 則夫2、 *中井 淳一1(1埼玉大・脳科学融合研究センター、2東京大・薬・薬品作用) *:corresponding author
The 35th Annual Meeting of the Japan Neuroscience Society
歩行、遊泳、呼吸などの周期性運動は動物の生存に欠かせない基本的な運動です。周期性運動の研究は除脳ネコや生体から取り出した神経標本などを使って盛んに行なわれてきました。しかし、運動の仕組みを知るためには、生きた動物で神経回路と筋肉の活動を捉える必要があります。私たちは高性能な蛍光カルシウムセンサー(G-CaMP)を作成し、共焦点レーザー顕微鏡を組み合わせて運動中の個体の神経活動を可視化する技術を開発しています。今回、改良型G-CaMPを使って線虫が運動する際の動的な神経筋活動を解析しました。これまで自由運動下で活動を記録することは技術的に困難でしたが、体壁筋細胞と運動ニューロンの活動を明瞭に可視化することに成功しました。今後このイメージングシステムを用いることで、行動中の神経情報処理に関して多くの知見が得られることが期待されます。
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図1:運動中の線虫の体壁筋カルシウムイメージング
*坂井貴臣1,井並頌1,佐藤翔馬1,北本年弘2,3(1首都大学東京・理工学研究科生命科学専攻,2Department of Anesthesia and 3Interdisplinary Graduate Programs in Genetics and Neuroscience, University of Iowa,) *:corresponding author
Learning & Memory, (2012) 19: 571-574.
動物がある経験を介して新しい行動パターンを獲得する,いわゆる「行動可塑性」現象は多くの動物種に見られますが,この現象は経験を介した新たな記憶の獲得によって起こると考えられています。ショウジョウバエ(以下,ハエ)でも行動可塑性現象が古くから知られており,記憶の研究に利用されています。ハエのオスは未交尾メスに対して積極的に求愛しますが,一度交尾した既交尾メスに対してはあまり求愛をしません。また,既交尾メスはしばらくの間オスと交尾しません。オスと既交尾メスを狭い容器に7時間一緒に入れておくと(求愛条件付け),その後,未交尾メスとつがわせてもあまり求愛しなくなり,いわゆる求愛抑制を示すようになります(図1)。この求愛抑制は少なくとも5日間以上持続します。この方法によりハエの長期記憶を測定することができます。我々はこれまで,概日リズム形成にかかわるperiod遺伝子(per) がハエの長期記憶形成に必須であることを明らかにしてきました[PNAS (2004) 101: 16058-16063]。しかし,perはハエ脳の多くのニューロンで発現しているにもかかわらず,どのニューロンが求愛条件付けによって作られる長期記憶に関与しているのか,よく分かっていませんでした。本研究では,扇状体(図2)という脳領域を構成するニューロンで発現するperが「長期記憶形成」に必要であることを明らかにしました。
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図1 求愛条件付け
(A) 既交尾メスと7時間条件付けし,5日後にテストを行うと,条件付けしたオスは未交尾のメスに対しても求愛抑制を示す。(B) オスのみを7時間容器に入れておくと,未交尾メスに対して積極的に求愛する。
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図2 ショウジョウバエ脳の扇状体
参考文献 Sakai T, Tamura T, Kitamoto T, Kidokoro Y. (2004) A clock gene, period, plays a key role in long-term memory formation in Drosophila. PNAS 101: 16058-16063.
曽 智(広島大学・大学院医歯薬保健学研究科)、*辻 敏夫(広島大学・大学院工学研究院)、滝口 昇(金沢大学・理工研究域)、大竹 久夫(大阪大学・大学院工学研究科)
*:corresponding author
Chemical Senses 36(5): 413-424, 2011
ニオイは40万種類以上ものニオイ分子から構成されている非常に複雑な情報ですが、ヒトを含め多くの動物はさまざまなニオイを巧みに識別しています。脳がどのようにしてニオイを識別しているのかを探るためのヒントは、糸球体層という部位に誘発されるニオイに対応した固有の神経活動パターンにあります。従来から、嗅覚系の情報処理機構を解明するために、ヒトと共通の嗅覚構造を持つラットを使った糸球体の神経活動パターン計測が盛んにおこなわれてきました。しかし、莫大な種類があるニオイ分子一つ一つについてこの活動パターンを計測することは容易ではありません。そこで、私たちはグラフカーネル法とニューラルネットという2つの技術を組み合わせた糸球体層の神経活動パターン予測モデルを提案しました。予測の結果、分子によってばらつきはあるものの、ある程度の予測精度が期待できることがわかりました。予測精度の低い分子が現れた一因は、分子を2次元の枝と頂点から構成されるグラフとして表現していることに限界があったためと考えられますので、今後は分子の特徴を抽出する手法について改良する予定です。
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図1 (a) 23種類のニオイ分子に対する糸球体層の活動パターン予測結果の一例。上から順に、分子名、予測した活動パターン、ラットから計測した活動パターン(http://gara.bio.uci.edu/から引用)、計測した活動パターンと予測した活動パターン間の相関を表しており、相関の低い予測結果を左から昇順に並べている。活動パターンの図において、各ピクセルは一つの糸球体の反応に対応しており、反応が強い糸球体がある部位は赤で表されている。相関の平均値は0.55±0.26であった。
(b) 23種類のニオイ分子に対する予測精度(相関)のヒストグラム。横軸は相関、縦軸は分子の種類の数。相関が0.5を下回った分子は4種類であり、残りの19種類は0.5以上の相関があったことから、ある程度の予測精度が得られていることがわかる。
服部 佑哉(広島大学・大学院工学研究科)、鈴木 芳代(日本原子力研究開発機構・量子ビーム応用研究部門)、曽 智(広島大学・大学院医歯薬保健学研究科)、小林 泰彦(日本原子力研究開発機構・量子ビーム応用研究部門)、*辻 敏夫(広島大学・大学院工学研究院)*:corresponding author
Neural Computation 24: 635-675, 2012 (doi:10.1162/NECO_a_00249)
歩行や遊泳、拍動といった生物のリズミカルな反復運動は、リズム生成器であるCentral Pattern Generator(CPG)と呼ばれる神経ネットワークで制御されていますが、その詳しい動作メカニズムはよく分かっていません。私たちは、このメカニズムを理解するためのアプローチとして、CPG の数理モデルである神経振動子(図1)を用いた運動リズム生成に取り組みました。神経振動子には、神経細胞の応答特性や細胞間情報伝達量を表す多くの変数(パラメータ)が含まれており、神経振動子で生物の運動リズムをシミュレートするためには、全てのパラメータの値を適切に調整する必要がありました。本論文では、非線形特性を有する神経振動子の挙動解析によって導出したパラメータ調整則と最適解探索アルゴリズムとを組み合わせた新しいパラメータ自動調整法を考案し、従来は困難だった規模の大きな神経振動子のパラメータの自動調整に成功しました。そして、この方法を用いることにより、人工的に作成したリズム信号や線虫C. elegansの前進運動から観測したリズム信号など、さまざまな運動リズムをシミュレートすることに成功しました(図2A、B)。
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図1:提案する梯子型神経振動子モデル
興奮性神経細胞(〇)のペアが興奮性の結合(→)でつながり、梯子状にNペアが連なった構造をしています。また、興奮性神経細胞に抑制性神経細胞(グレーの点線〇)が抑制性の結合(・)でつながっています。興奮性神経細胞の各ペア(n = 1, 2, …, N)からの出力信号は、隣り合う興奮性神経細胞のペアに伝播されます。
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図2:梯子型神経振動子の興奮性神経細胞の各ペアの出力信号yn (n = 1, 2, …, 6)の例。点線は目標としたリズム信号であり、実線は点線を再現するようにパラメータを調整した梯子型神経振動子の出力信号です。
(A) 人工的に作成したリズム信号を再現した結果、(B) 線虫C. elegansの前進運動から観測したリズム信号を再現した結果。6ペア全ての出力信号が目標出力信号をおおよそ再現していることが分かります。