研究成果 東京大学・飯野 雄一 平成21年4月29日
線虫は二つの行動パターンを併用して目的地に到達する
*飯野 雄一、吉田 和史(東京大学・大学院理学系研究科生物化学専攻)*:corresponding author
Journal of Neuroscience 29: 5370-5380, 2009
動物は外界からいろいろな感覚情報を受け取り、その情報をもとに目的を達成する行動を行います。線虫C.エレガンスはたった300個しか神経細胞がありませんが、その神経回路を駆使して餌の存在を示す味や匂いを感知し、そこへ近寄っていきます。線虫には目がないので、化学感覚だけを頼りに餌に到達しているのです。このような行動は化学走性と呼ばれています。私たちは、線虫を追尾して行動を測定する装置を用いて、どのような戦略により化学走性を行っているかを調べました。線虫の行動は一見デタラメですが、解析の結果、前後方向への濃度勾配に対しては一旦後退して急に方向を変え、横方向への濃度勾配に対してはゆっくりカーブして進む行動をとることがわかりました(図1A)。それぞれピルエット機構、風見鶏機構と呼びます。コンピューターシミュレーションを行うと、両方の機構を同時に使うことにより、はじめて実際の線虫と同じくらいにうまく化学走性を行えることがわかりました(図2)。神経回路上のそれぞれの神経をレーザーで破壊することにより、これらの行動に必要な神経を探したところ、ASER感覚神経とAIZ神経がNaClへの化学走性のピルエット機構と風見鶏機構に必要であることがわかりました(図1B)。AIZ神経が、急な方向転換を起こさせる神経とゆっくりしたカーブを起こさせる神経の両方に接続していると推定されました。
クリックで大きい画像へ
図1 A:ピルエット機構と風見鶏機構の模式図。線虫の行動は非常にランダムであるが、行動を数値的に集計すると、二つの方向の濃度勾配に対してそれぞれ図のような応答をする場合が多いことがわかる。B:各神経をレーザーで破壊して行動を調べると、○で囲った神経を破壊すると風見鶏機構、ピルエット機構ともに起こらなくなり、化学走性ができなくなった。AIA, AIB, AIY, RIA, RIZのそれぞれを破壊しても目立った影響はない。
クリックで大きい画像へ
図2 コンピューターシミュレーションの結果。ピルエット機構(pirouette)、風見鶏機構(weathervane)のいずれか一方では不十分であるが、両方の機構が働くと効率のよい化学走性ができる。・はNaClの位置(各4か所)。