研究成果 東京大学・飯野雄一 平成22年9月24日
線虫の嗅覚はフェロモンによる制御を受ける
山田康嗣1、広津崇亮1,2、松木正尋1、Rebecca A Butcher3、富岡征大1,4、石原健2、Jon Clardy5、國友博文1、*飯野 雄一1 (1東京大学・大学院理学系研究科生物化学専攻 2九州大学・大学院理学研究院生物科学専攻 3 Department of Chemistry, University of Florida 4東京大学・大学院理学系研究科附属遺伝子実験施設 5 Department of Biological Chemistry and Molecular Biology, Harvard Medical School)*:corresponding author
Science 329: 1647-1650, 2010
自然界において、動物は生活するのに適した条件の場所に集合、繁殖し、その場所での個体数を増やしていきます。しかしながら、周囲の仲間が多くなりすぎると、各個体がより広い範囲に拡散しようとする傾向が現れます。この性質により、将来的に餌などが枯渇した場合に備え、様々な場所での生存の可能性を探ることができ、種全体としての利益となります。我々は線虫C. elegansが集団内での仲間の数を感知し、匂いに対する応答を変えることを発見しました(図1)。この匂いに対する応答の変化が、集団内の仲間の数に依存した拡散を行うための一つの具体的なメカニズムであると考えられます。
線虫は耐性幼虫を形成する際に、周囲の仲間の数をフェロモンの濃度により知ります。匂いに対する応答の場合も同様に、フェロモンの濃度から周囲の仲間の多さを判断していることがわかりました。さらに、ホルモン様ペプチドであるSNET-1と細胞外のペプチダーゼであるNEP-2(ネプリライシンホモログ)がこの現象に関与することを発見しました。SNET-1はフェロモンの存在によって合成が抑制され、内分泌される量が減少します。また、NEP-2はSNET-1を分解することによって働きを抑制し、匂いに対する応答が可変的になることを保障します(図2)。
クリックで大きい画像へ
図1 フェロモンにより変化する嗅覚応答行動の概略図
培養時に集団内の個体数が多い場合には、それぞれの個体から放出されたフェロモンが蓄積し、嗅覚行動が影響を受ける。その場合、匂いを嗅ぎ続けることにより、匂いに誘引されなくなる。一方で、集団内の個体数が少ない場合には、フェロモンの影響を受けることはなく、常に匂いに誘引される。
図2 SNET-1とNEP-2による匂いに対する応答の制御のモデル
SNET-1は匂いに対して常に誘引されるように働くが、フェロモンの存在によってASI感覚神経における発現量、ひいては内分泌される量が減少する。また、NEP-2はSNET-1を分解することによって働きを抑制し、匂いに対する応答が可変的になることを保障する。