研究成果 京都大学霊長類研究所・井上謙一 平成24年6月25日
大脳基底核における皮質刺激後の早い興奮活動はハイパー直接路を経由する
井上謙一1*、纐纈大輔2*、加藤成樹3、小林和人3、南部篤2、高田昌彦1(1京都大学霊長類研究所、2生理学研究所、3福島県立医科大学)*These authors contributed equally.
PLoS ONE 7: e39149., 2012
ヒトやサルの脳は、1千億を超える神経細胞が複雑に絡み合った神経回路をつくり、高次脳機能を生み出しています。このネットワークの動作原理を明らかにするために、こうした複雑な神経回路の中から特定の働きをしている神経回路のみを標的にして解析することが有用ですが、これまで特定の神経回路だけを標的にして細胞操作を行うことは困難でした。今回、私達の研究グループは、サルで特定の神経回路だけを除去できる遺伝子導入法の開発に世界で初めて成功しました。具体的には、細胞死を誘導する物質として知られるイムノトキシンの受容体であるヒトインターロイキンタイプ2受容体(IL-2Rα)を発現する特殊なウイルスベクターを開発しました。このウイルスベクターに感染した神経細胞は、イムノトキシンと結合することによって細胞死を引き起こします。私達はこのウイルスベクターをパーキンソン病など、さまざまな運動疾患にかかわる脳部位である大脳基底核の一部である視床下核に注入しました。次に、運動野にイムノトキシンを注入することによって、運動野から大脳基底核に至る神経回路のうち「ハイパー直接路」と呼ばれる神経回路だけを選択的に“除去”することに成功しました。その結果、大脳皮質から大脳基底核に運動情報が入る際に、大脳基底核の出力部である淡層球内節の神経細胞でみられる早いタイミングの興奮活動が、このハイパー直接路を経由して起こることを発見しました。
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図1:特定の神経回路を“除去”する遺伝子導入法(概念図)
領域A,B,Cに分布する3つの神経細胞がそれぞれ入力(刺激)をうけ、共通の1つの神経細胞に連絡し、そこから出力する神経回路の模式図。このような神経回路の神経連絡のつなぎ目(シナプス)の部分に、特殊な逆行性感染型ウイルスベクターを注入すると(①)、これによって導入された遺伝子が神経線維を逆行性に輸送され(②)、領域A,B,Cの神経細胞(細胞体)でヒトインターロイキンタイプ2受容体(IL-2Rα)が発現します(③)。この時、領域Cの神経細胞にだけイムノトキシンを作用させると(④)、領域Cの神経細胞だけを選択的に死滅させることができます。
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図2:運動野の電気刺激に対する淡蒼球内節の神経細胞応答の、イムノトキシン注入前後における変化
淡蒼球内節の神経細胞の発火頻度を表す刺激前後時間ヒストグラム。大脳皮質(運動野)にイムノトキシンを注入して、運動野から視床下核に至る神経回路(大脳基底核の“ハイパー直接路“)だけを選択的に“除去”すると、淡層球内節(GPi)の神経細胞でみられる運動野刺激に対する早いタイミングの興奮活動がなくなりました。