研究成果 神戸大学・尾崎まみこ 平成22年8月4日
クロキンバエにおける味覚と嗅覚の情報統合の偏側性
平口鉄太郎、前田徹、西村知良、*尾崎まみこ(神戸大学・大学院理学研究科生物学専攻)*:corresponding author
IX International Congress of Neuriethology, 2010
動物の食欲や食嗜好は味覚だけでなく嗅覚によっても左右されます。クロキンバエ(Phormia regina)の吻の先には左右に分かれた唇弁葉からなる唇弁があって、ショ糖で刺激するとこれを摂取しようと吻伸展反射がおきます。また、ハエは主嗅覚器である触角のほかに副嗅覚器であるマキシラリーパルプを1対もっています。1-octen-3-olという匂い物質の情報はマキシラリーパルプで受容され、おそらく脳内で味覚の情報と統合された結果、ショ糖を刺激による吻伸展反射の感度を高め、ショ糖摂取量を増加させることが分かりました。そこで、この味覚・嗅覚情報統合が偏側的におきることを行動学的に証明し、形態学的に情報統合の場を探索しました。味覚器と副嗅覚覚器の刺激部位をともに左右いずれかの側に限定した場合、吻伸展反射のショ糖感度は匂い刺激により促進されましたが、それぞれの刺激を互いに反対側から行った場合、匂い刺激による効果は見られませんでした(図1)。マキシラリーパルプの嗅覚感覚神経の一部は脳内の味覚一次中枢として知られている食道下神経節内に投射し、その神経終末は脳の中心線を超えて反対側へ達することはなく、同側の唇弁葉由来の味覚受容神経の終末と近接して認められました(図2)。これらの結果から,吻伸展反射に関わる味覚と嗅覚の情報統合が食道下神経節で偏側的に起こると考えています。
クリックで大きい画像へ
図1A:副嗅覚器であるマキシラリーパルプは主嗅覚器である触角とは離れた位置、口器近くに存在し、ハエが摂食行動をおこし吻が伸展した状態では空中に露出します。B:片側のマキシラリーパルプを切断し残ったマキシラリーパルプの同側もしくは反対側の唇弁葉にショ糖溶液で刺激を与えました。C:横軸に味覚刺激として用いたショ糖の濃度、縦軸に吻伸展したハエの個体数の割合を示すと、吻伸展するハエの割合は、片側の唇弁葉へ与えた味覚刺激と同側のマキシラリーパルプから1-octen-3-olの嗅覚刺激が加わった場合には有意に増加し、ショ糖濃度で比較すると感度は約3倍上昇しました。D:これに対して反対側のマキシラリーパルプから嗅覚刺激が加わった場合には、Cで見られたような顕著な効果はありませんでした。
クリックで大きい画像へ
図2A:ハエの脳の左下4分の1程を顔正面(X-Y平面)からみて光学切片を重ね合わせた再構築図。唇弁葉から脳へ投射する神経束(黄)とマキシラリーパルプから投射する神経束(赤)は昆虫の神経系において味覚情報処理の一次中枢領域といわれている食道下神経節で互いに隣接して終末し、その神経終末の分布域は体の中心線を越えないことがわかります。B:X-Z平面の切片を重ねた再構築図。C:Y-Z平面の切片を重ねた再構築図。