研究成果 東京都神経科学総合研究所・齊藤実 平成20年12月30日

記憶の統合安定化はPKAにより阻害される

堀内純二郎、*齊藤 実(東京都神経科学総合研究所)*:corresponding author

Proc Natl Acad Sci USA 105: 20976-20981, 2008

 学習により最初に形成される短期記憶は脆弱であり速やかに消失するか、新たな遺伝子の転写・タンパク合成を必要とする長期記憶、または必要としない麻酔耐性記憶へと統合・安定化されます。cAMP依存性リン酸化酵素(PKA)は、触媒部位と制御部位から構成される、学習記憶に必須のリン酸化酵素です。しかし我々はPKA触媒部位をコードする遺伝子DC0の変異体系統には、麻酔耐性記憶への統合が顕著に亢進している系統があることを見出しました。遺伝学的相補実験から麻酔耐性記憶への統合が亢進している系統ではPKA活性が野生型の約50%に減少していましたが、PKA活性が50%以上の系統では亢進が見られませんでした(図1)。また長期記憶の形成はいずれの系統でも正常でした。また学習記憶中枢の一つであるキノコ体でDC0遺伝子を強制発現すると、DC0変異系統での麻酔耐性記憶への統合亢進が抑制されました。これらの結果からキノコ体におけるPKAは短期記憶を形成するとともに、麻酔耐性記憶への統合を抑制する作用もあることが分かりました(図2)。

 

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図1A:野生型では匂い条件付け直後に高かった記憶スコアは時間とともに低下していき、最終的には7時間たっても消失しない麻酔耐性記憶のみのものとなる。PKA活性が野生型の約50%のDC0B3/+系統では記憶スコアの低下が抑制され、7時間後の記憶(麻酔耐性記憶)が顕著に高い。B:一方PKA活性が野生型の70%以上残っているDC0B10/+系統では野生型と変わらない記憶スコアの低下を示す。

 

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図2:記憶統合の概念図。PKAは短期記憶形成と麻酔耐性記憶形成で異なる(短期記憶の形成促進と麻酔耐性記憶の形成阻害)働きをする。

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