研究成果 東京都医学総合研究所・齊藤 実 平成24年6月7日

NMDA受容体Mg2+ブロックは長期記憶学習によるCREB依存性長期記憶関連遺伝子の発現誘導に必須である

宮下知之、*齊藤 実(東京都医学総合研究所)*:corresponding author

Neuron 74: 887-898, 2012

NMDA受容体はMg2+ブロック特性を持つため、シナプス後細胞の非興奮時ではNMDA受容体を介したCa2+流入が抑制される。NMDA受容体が連合学習(記憶情報の獲得)や長期記憶形成に必要なことが示されてきましたが、Mg2+ブロックがこれら連合学習、長期記憶の成立にどのような役割を果たすかは不明でした。我々はMg2+ブロックが欠失した変異NMDA受容体を発現するトランスジェニックフライを作成し、Mg2+ブロックが連合学習の成立には不要だが、長期記憶形成には必須であることを示す結果を得ました。このMg2+ブロック変異体では、長期記憶学習に応じて転写因子CREB依存性に上昇する長期記憶・長期シナプス可塑性関連遺伝子の発現上昇が顕著に抑制されていた。興味深いことにMg2+ブロック変異体脳では抑制型CREBの発現が顕著に増加していた。抑制型CREBの発現量と長期記憶形成の障害には顕著な正の相関があり、Mg2+ブロック変異体でみられた長期記憶形成障害の一因は抑制型CREBの発現上昇であることが示唆された。こうした結果からMg2+ブロックの生理的役割は非学習時(定常状態)にNMDA受容体を介したCa2+流入を阻止して抑制型CREBの発現を抑えることであり、これにより長期記憶学習時のCREB依存性の遺伝子発現が可能となることが示唆された。

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図1
Mg2+ブロックをもとにした連合学習(匂いと電気ショックによる匂い回避行動)モデル 条件付け前:Mg2+ブロック存在下では入力1のみではシナプス後神経は興奮せず回避行動も起こらない。条件付けの成立:入力1に入力2が伴われるとMg2+ブロックが外れ、NMDA受容体(NR)からのCa2+流入によりCa2+シグナリングが活性化される。条件付け後:入力1と2の連合の結果、非NMDA型受容体の挿入などにより入力1のシナプスが強化される。これにより入力1のみで回避行動が起こるようになる。

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図2
非同期性入力(非学習時)と同期性入力(学習時)に流入するCa2+の違い
dNR1(N631Q) Tgフライでは非同期性入力の抑制不全による長期記憶形成障害が、dNR1変異体では同期性入力不全による長期記憶形成障害が起きている。

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