研究成果 広島大学・辻敏夫 平成21年2月5日

人工的官能検査装置の実現を目指した嗅覚系神経回路モデルの提案
―ニオイ識別実験で観察されたマウスのアテンション機能をコンピュータモデルで再現する―

○曽 智1、*辻 敏夫1,滝口 昇2、大竹 久夫3(1広島大学・大学院工学研究科,2金沢大学・理工研究域,3大阪大学・大学院工学研究科)*:corresponding author 

Artificial Life and Robotics 14: 474-478, 2009

 ニオイの化学物質(分子)は非常に多く存在していて、その数は数十万種類にも上るといわれています。私たちの身の回りにあるニオイは、こういった分子の非常に複雑な組合せによって成り立っています。それにも関わらず、生物はいろいろなニオイを嗅ぎ分けることができる上、似たようなニオイ同士の微妙な差も認識することができます。このニオイの嗅ぎ分け能力には、「アテンション」と呼ばれる機能が大きく関わっていることが分かってきました。アテンションとは、ニオイを代表するような分子を探し出し、それだけに注目してニオイを嗅ぎ分ける方法です。代表的な分子だけに着目すると、代表分子が同じである別のニオイを識別しにくくなりますが、マウスは学習によって着目すべき代表分子を巧みに切り替えています。もし、このアテンション機能をコンピュータで再現できれば、生き物のように優れた能力を持つニオイ識別装置ができるかもしれません。しかし、実際の神経回路がどのようにしてアテンション機能を実現しているのかは、まだ解明されていません。そこで、私たちは、解剖学的知見から、分子が誘起した神経活動の一部を抑制するような機構が存在することを仮定して、嗅覚に関する神経回路の数理モデルを作成しました(図1)。そしてこのモデルを用いてコンピュータシミュレーションを行った結果、アテンション機能によって識別しやすくなるニオイや識別しにくくなるニオイの傾向を再現できることが分かりました(図2)。

 

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図1:マウスの嗅覚系は、鼻の奥にある嗅上皮と脳の中の嗅球、梨状葉と呼ばれる3つの部位から成り立っています。梨状葉から嗅球には神経活動を抑制するための信号が発信されています。本論文では、マウスはこの信号を使って注目する分子を選択していると仮定しました。

 

 

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図2:アテンション機能ではニオイを代表する分子だけに着目するので、識別しやすいニオイとしにくいニオイが出てきます。シミュレーションの結果(青棒)、実際のマウスに行ったニオイ識別実験(赤棒)と同様に、ニオイの識別しやすさの傾向を再現することができました。図は、3つの分子で組み合わされたニオイ[IA, Ci, EB]と、この3つの分子の組合せで構成される別のニオイとを識別した実験の例です。青棒はモデルの出力でこの値が高いほどニオイ[IA, Ci, EB]と識別しやすいことを意味しており、赤棒は実生物のマウスの識別率です。両者に同じ傾向が見て取れます。

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