研究成果 北海道大学・和多和宏 平成24年8月2日
Dusp1は学習された音声パターンの発声行動によって,鳥類の終脳歌神経核に特異的に発現誘導される.
堀田 悠人123,小林 雅比古4,Wan-chun Liu5,岡 浩太郎2,*Erich D. Jarvis1,*和多 和宏34
1デューク大学 医療センター神経生物部門,2慶応義塾大学大学院 生命情報学科,3北海道大学大学院 理学研究院 生物科学科4. 北海道大学大学院 生命科学院5ロックフェラー大学 野外研究センター *:corresponding authors
PLoS ONE 7(8): e42173, 2012
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0042173
ヒトと同様に発声学習をする動物種は,音声パターンの発声学習・生成のために,終脳に特化した複数の脳領野をもちます.鳥類において,このような発声学習能という学習行動形質は進化上独立して獲得されたと考えられています(図A赤丸:発声学習能をもつ種).しかし,このような独立して発声学習能を獲得したと考えられる鳥類3系統において,その神経基盤である歌神経核には解剖学的位置・投射・機能に多くの共通性が存在します(図B黄色及び赤色:歌神経核).歌神経核は,その周辺の脳領野から分化して発声学習・生成に特化した機能をもつに至ったとする仮説が現在提唱されていますが,その歌神経核における特異的な神経分子基盤についてほとんど研究がなされていませんでした.
そこで我々の研究グループでは、発声学習・生成に特化した領野である歌神経核には,ミリ秒単位での複雑な運動パターンからなる発声パターンを学習・生成し、かつ日内に数千回にもおよぶ頻繁な発声行動を可能とさせる神経生理活動を支える分子基盤が存在すると考えました.本研究ではまず,ソングバードの一種であるキンカチョウを用いて,dual specificity phosphatase1 (dusp1)が,学習された音声パターンの発声行動(singing)によって終脳の歌神経核(song nuclei)特異的に発現誘導されることを示しました(図C赤字:キンカチョウ).Dusp1遺伝子はリン酸化シグナルカスケードの中心役を担うMAPキナーゼの脱リン酸化に関わる分子です。さらに、ソングバードと進化系統樹上独立して発声学習能を獲得したと考えられている2系統,オウム類budgerigar,ハミングバード類sombre hummingbird(ウスグロハチドリ)においても同様に,発声行動によって歌神経核特異的にdusp1が発現誘導されることを確認しました(図C赤字:セキセイインコ,ウスグロハチドリ).これに対して,発声学習能をもたない近縁種の生得的な発声(地鳴きcalling)によってはdusp1の発現誘導は起こりませんでした(図C青字:ツキヒメハエトリ,ジュズカケバト)).
進化系統樹上で、独立して獲得されたと考えられている鳥類3系統の各々の歌神経核に特異的に保存された脳内発現誘導パターンをもつ遺伝子が存在することを明らかにしたのは本研究が初めてです。現時点では,歌神経核におけるdusp1の分子機能の詳細は不明ですが,今後,歌神経核に特異的に発現誘導されるdusp1のような遺伝子の働きを解明することで,発声学習能の収斂進化の分子基盤に関して新たな知見が得られると考えられます.
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図
鳥類の分子系統樹と発声時の歌神経核特異的なdusp1発現誘導パターンA: 鳥類の分子系統樹(Hackett et al. 2008*より改変).B: 発声学習能をもつ系統,持たない系統の鳥類の脳神経回路,赤色:歌神経核(迂回経路),黄色:歌神経核(運動経路),水色:聴覚野C: 発声学習能をもつ3種(赤字),もたない2種(青字)での発声時のdusp1発現誘導パターン.dusp1は発声学習能をもつ3種の歌神経核特異的に発現誘導される,発声学習能をもたない種では発声によって発現誘導されない.
参考文献 Hackett SJ, Kimball RT, Reddy S, Bowie RC, Braun EL, et al. (2008) A phylogenomic study of birds reveals their evolutionary history. Science 320: 1763-1768.