研究成果 理化学研究所・吉原良浩 平成21年4月15日

左右非対称な神経回路の存在を嗅覚系で発見

宮坂信彦1、森本耕造1、坪川達也2、東島眞一3、岡本仁4、*吉原良浩1(1理化学研究所・脳科学総合研究センター・シナプス分子機構研究チーム、 2慶應大・生物学教室、 3岡崎統合バイオサイエンスセンター、 4理化学研究所・脳科学総合研究センター・発生遺伝子制御研究チーム)*:corresponding author

Journal of Neuroscience 29: 4756-4767, 2009

 嗅覚は多くの動物にとって、食べ物の探索、危険の察知、社会性コミュニケーションや繁殖行動など、個体の生存と種の維持にかかわる重要な感覚センサーです。匂いの源から発せられた「匂い分子」は、鼻の奥にある感覚ニューロンによって受け取られ、その情報は神経線維を介して脳の嗅球に伝えられます(図1)。動物が匂いの種類に応じて適切に行動するためには、その情報がさらに高次中枢で処理される必要があります。しかし、嗅球ニューロンが高次中枢とどのような神経ネットワークを形成しているのかについては、ほとんど分かっていませんでした。私たちは、遺伝子工学的手法を用いて、ゼブラフィッシュの嗅球ニューロンに緑色蛍光タンパク質 GFPを発現させ、高次中枢との接続様式を詳細に解析しました。その結果、ある一群の嗅球ニューロンは、神経線維を終脳に投射すると共に、間脳の「手綱核」という部位にも投射することを発見しました(図2)。手綱核は快・不快などの情動に関わると考えられている神経核で、嗅球から手綱核への直接的な神経接続の存在はこれまで知られていませんでした。また、嗅球から終脳への投射は左右対称ですが、手綱核への投射は非対称で、左右どちらの嗅球からも右の手綱核へ投射し、決して左には投射しないことが分かりました。今回の研究で発見した「嗅球-手綱核」神経接続は、嗅覚と情動のつながりを探る糸口になると期待できます。また、この神経回路が左右非対称であることは、動物行動の非対称性の理解に大きく貢献するものと期待されます。

 

 

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図1: 嗅覚神経回路の構造。鼻腔に入った匂い分子は、鼻の奥にある嗅上皮で感覚ニューロンである嗅細胞によって受け取られる。個々の嗅細胞はたった一種類の嗅覚受容体を発現し、特定の化学構造を持った匂い分子の情報を脳へと伝える。同じ受容体を発現した嗅細胞(赤や青)は、神経線維を嗅球の同じ糸球体に投射する。糸球体で嗅細胞から入力を受け取った嗅球ニューロンは、その情報をさらに高次中枢へと伝える。

 

 

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図2: 左右非対称な「嗅球-手綱核」神経接続。A: 嗅球ニューロンを可視化したトランスジェニックフィッシュの稚魚(背側から観察)。B, C: 膜局在型GFPおよびシナプス局在型GFPによる嗅球ニューロンから高次中枢への投射の可視化。D: 脳の構造の模式図。E, F: 遺伝子工学的単一ニューロン標識による解析。左右どちらの嗅球からも右の手綱核へ投射し(黄色矢尻)、左手綱核には投射しない。

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