研究成果 理化学研究所・吉原良浩 平成24年6月27日

転写調節因子Tbr2はマウス嗅球で匂い情報の興奮-抑制バランスを調節する
Tbr2遺伝子欠損マウスは匂い刺激に対して過敏に反応—

水口 留美子1、成塚 裕美2、森 憲作2、Chai-An Mao3、William H Klein3、*吉原 良浩1(1理化学研究所・脳科学総合研究センター・シナプス分子機構研究チーム、2東京大学・医学系研究科・機能生物学専攻・細胞分子生理学教室、3The University of Texas, M. D. Anderson Cancer Center, Department of Biochemistry and Molecular Biology)*:corresponding author

Journal of Neuroscience 32(26): 8831-8844, 2012

嗅覚は、動物の摂食行動、繁殖行動、社会行動など、さまざまな生命活動に不可欠な役割を果たします。匂い分子は、嗅上皮にある嗅細胞で受容され、そのシグナルは、嗅細胞の軸索を介して嗅覚の一次中枢である嗅球に伝えられます。そこでさまざまな処理を受けた後、高次嗅覚中枢に伝達され、匂いの認識・記憶・情動の変化などを引き起こします。嗅球内で匂い情報が正確に処理されるためには、嗅球内部での神経回路が正しく形成されることが必要ですが、これまでこの形成を制御する分子メカニズムはほとんど明らかにされていませんでした。
T-box転写調節因子の一つであるTbr2は、嗅球の出力ニューロンである僧帽・房飾細胞に発現しています。私たちは、嗅球におけるTbr2の生理機能を調べるために、コンディショナル遺伝子欠損法を用いて、僧帽・房飾細胞だけでTbr2遺伝子を欠損させたマウスを作製し解析を行いました。その結果、Tbr2遺伝子欠損マウスの僧帽・房飾細胞は、樹状突起の形態に異常が生じ、抑制性の介在ニューロンと正しくシナプス形成ができないことが分かりました。また、Tbr2遺伝子欠損マウスに匂いを嗅がせると、野生型マウスに比べて僧帽・房飾細胞が過剰に活性化されました。これらから、Tbr2は嗅球内の正しい神経回路形成と興奮-抑制バランスの維持に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。

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図1
(A) 野生型マウスとTbr2遺伝子欠損マウスの僧帽細胞の樹状突起の形態。僧帽細胞の樹状突起を抗PGP9.5抗体を用いた免疫組織化学により可視化した。野生型マウス(左)では、主樹状突起は糸球体に向かってまっすぐに伸びるが、Tbr2遺伝子欠損マウス(右)ではランダムな方向に伸長し、外叢状層の層構造にも乱れが生じている。
(B) 匂い刺激に対する僧帽細胞の過剰な活性化。野生型マウス(青)とTbr2遺伝子欠損マウス(赤)に、さまざまな匂い(酢酸イソアミル、オイゲノール、オクタナール)を嗅がせ、活性化した僧帽細胞の数を、NFκBのリン酸化を指標として定量化した。Tbr2遺伝子欠損マウスでは、全ての匂いに対して約2倍の数の出力ニューロンが活性化している。

 

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図2
Tbr2遺伝子欠損による嗅球内神経回路の異常。Tbr2遺伝子欠損マウスの嗅球では、僧帽・房飾細胞の遺伝子発現と共に樹状突起の形態が変化する。同時にさまざまな介在ニューロンの発達にも異常が生じ、僧帽・房飾細胞と正しくシナプス結合できなくなる。その結果、僧帽・房飾細胞への抑制性シグナルが減少し、僧帽・房飾細胞が過剰に活性化する。

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