アウトリーチ活動 東京都医学総合研究所
夏のセミナー基礎・技術コース
平成24年7月30日から8月3日
実施代表者 東京都医学総合研究所 運動・感覚システム研究分野 参事研究員/齊藤 実
アウトリーチ活動の援助を受けて「ショウジョウバエを用いた学習記憶の研究」という題で7月30日から8月3日にかけて、東京都医学総合研究所の夏のセミナーの基礎・技術コースを開催しました。
コースはショウジョウバエを用いた学習記憶研究に関連した技術の取得を目的としたもので、研究概要の講義と実習を、東京都医学研・運動感覚システム研究分野・学習記憶プロジェクトのスタッフ(宮下知之、上野耕平、松野元美、平野恭敬、長野慎太郎)の協力を得て行いました。参加者は学部4年生から大学の助教まで、将来の研究者の卵と若手研究者を集めてのコースとなりました。
研究の概要の講義では、記憶情報の獲得から長期記憶へと統合・安定化される各過程が、どのように遺伝学的に分類されてきたか、またショウジョウバエでどこまで記憶の分子機構や神経機構が明らかにされてきたかについて、最近の知見も含めた紹介を行いました。また実習で匂い条件付けによる記憶行動の定量的解析とイメージング解析を行いました。行動解析では先ずティーチングマシーンという装置を使った、匂いと電気ショックによる匂い条件付けの初歩的な手技を覚えてもらい、そこで形成される短期記憶や麻酔耐性記憶の変異体を用いた解析を行い、さらに長期記憶を形成するための繰り返し学習を行うロボットの操作などについても学んでもらいました。匂い条件付けでは2種類の匂いを使い、一方はショックと連合させ(危険な匂い)、他方はショック無し(安全な匂い)で呈示します。ショウジョウバエが匂いを覚えることを文献では知っていても、実際に目にするのはかなりのインパクトがあるようで、匂い記憶のテストで殆どのハエが安全な匂いに逃げていくことが驚きのようでした。
一方イメージング解析ではハエの脳を頭から取り出して、匂い呈示の代わりにガラス電極で匂い中枢である触覚葉を刺激し、電気ショックの代わりに体性感覚情報を脳に運ぶ上行性繊維束を刺激した時のキノコ体Ca2+応答を観察しました。さらに二つの部位を同時に刺激すると、その後2時間以上にわたって触覚葉の刺激対するCa2+応答が大きくなる長期伝達亢進(Long-term enhancement)を観察しました。生理の実験はいかに解析試料を傷つけずに作るかがポイントであり、参加者は小さいハエの脳を細いピンセットで実体顕微鏡下に取り出すのに四苦八苦していました。当初取り出された脳は襤褸雑巾のように無残な出来栄えでしたが、いくつも作っていくうちにきれいな、解析に供し得る試料も作れるようになってきました。
最初は慣れない実験で思うような結果が出ませんが、日を重ねるごとに装置の扱いにも慣れ、再現性の高い結果が出るようになりました。5日間のタイトな日程でスケジュール調整も大変でしたが、例年通り参加者は非常に高い興味と熱意をもって取り組んでいました。セミナーの中日には持ち寄りでワインパーティーも行い、酒の勢いもあってか、ざっくばらんな質問や交流もあり、幸いにして参加者にも大変好評なセミナーであったようでした。実習の準備に費やす時間やその間研究室の活動が停止してしまうという現実がありますが、こうした地道な活動から学習記憶の分子機構の研究を志向する研究者が増えてくれればと思います。
イメージングのため実体顕微鏡下で脳をハエの頭から取り出しているところ
(アロハシャツの上野とその後ろ長野が見守っている)
巧く取れるとキノコ体でCa2+プローブGCaMPの蛍光が見られる(上野作)。